木ノ下 朝陽 さんの短歌/コメント関連
「ビール飲むたび嬉しげに踊ってた」という生き生きとした身体の記憶が、「喉の仏も入る骨壺」という結句によって一気に死後の世界へ接続される、この転換の鮮烈さと、喉仏という具体的な身体部位の選択が、説明的にならずに喪失の切実さを伝えていると思いました。
「ビール飲むたび嬉しげに踊ってた」という生き生きとした身体の記憶が、「喉の仏も入る骨壺」という結句によって一気に死後の世界へ接続される、この転換の鮮烈さと、喉仏という具体的な身体部位の選択が、説明的にならずに喪失の切実さを伝えていると感じました。
「ビール飲むたび嬉しげに踊ってた」という生き生きとした身体の記憶が、「喉の仏も入る骨壺」という結句によって一気に死後の世界へ接続される。この転換の鮮烈さと、喉仏という具体的な身体部位の選択が、説明的にならずに、喪失の切実さを伝えていると思いました。
ハウルの動く黒子様
素敵な評をありがとうございます。
亡くなった両親もビールが好きな人たちでして、こちらの歌は実景です。
「喪失の切実さ」を読み取って頂けたことに感謝しております。

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