あつ さんの短歌/コメント関連
春の風とあるので、春といえば卒業の季節、その場面かととらえました。さよなら、そのあとに「またね」と言いたいけれども、言えない、それは、もう会わないであるから。その寂しさや切なさ悲しさというものを書きたくなるけれども、それを書くと説明っぽくなって詩にならない。それを書かない代わりに、「つめたい」と体感を置き換えているのがいいなと思いました。
自分の甥っ子も似たようなことをやっていて、餃子が好きなのだが、カリカリした焼き立ての羽の部分だけを手でつまんで食べるという・・・・。それに似たような感じなのかなと思いました。子どもってこういうところありますよね。
全体的に、光景がよく見えていいなと思いました。手を合わせるというのも面白い、ご飯たべないんかいってつっこみを入れたいですね。その児の面白いところもよく伝わっていいなと思いました。
回覧版ということは、きっと何度か尋ねてきているのだと思う。だから尋ねるたびに苔玉を観察していた。あるとき回覧板を届けにいって、チャイムを鳴らして、家の人もまっているとき、いつものように苔玉を見ると小さな芽が出ている。それを作者は発見した。そこに気づいた着眼点もいいなと思ったし、それを歌にして、読者にその光景をちゃんと写実として見えたというのがいいなと思った。
あつ様
評をいただきありがとうございます。とても嬉しいです。わたしの日常を切りとったものですが、「苔」というお題がなければ、自分こんな心の動きにも気づかなかったと思います。
告白の勇気を振り絞ったとき、ついに言ってしまった、その瞬間頭が真っ白になった、そんなことを感じました。これからどうなるかわからない、振られるのか受け入れられるのか。ふわふわした心地。ふわふわということは、もしかしたら告白が成功して、幸せでふわふわしているのかも。
告白のあとの出来事はわからない、それを小説のページをめくったあとのことは分からない、というような感じかなと。とてもいい歌だと思いました。

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