かいねこはくろ さんの短歌/コメント関連
不安かつ自信がない文字で書いた、新春の決意は「生きる」という一言。裏を返せば、決意しなければ生きることすら、筆跡のように自信がない。
「生きる」と書くこと自体が決意になっている点に、この歌の切実さがある。
詠み手よりも長い時間をかけて、神様にお祈りをする人がいる。その人の後ろ姿は砦のように重く、動かしがたい印象を与える。長い祈りには切実なものが含まれているのかもしれない、と思わされる。
何気ない参拝の風景から、ゆきずりの人の人生の一端が垣間見れる歌である。
おせちに入っている縁起の食材の由来を「言ったもん勝ち」とすっぱり切り捨て、ピザのチーズが伸びることに縁起を重ね、ピザもおせちと表現する詠み手のユーモアが気持ち良い。
おせちの代替としてピザを選ぶという型破りな感覚も面白い。
そもそも縁起というものが、意味づけの言葉や、言葉遊びなどによって成立していることを軽やかに暴いている点も痛快だ。
夜遅くまで起きていることを『夜更かし』と表現すれば、ポジディブに感じられるが、実際のところは『夜遅くまで寝ない』ということである。詠み手はそのことを理解しているのが切ない。
この歌に漂う不穏な気配を、秒針の音や闇という単語で見事に表現されている。
新しい歯ブラシを、新年に使う。ささやかなことであるが、それが詠み手にとって特別な気分を与えてくれる。
その特別な気分を「口の中だけ少し未来」と表現しているのが面白い。歯磨きをした爽快感も想起させられ、未来という比喩がすんなりと受け入れられる。
「窓一線拭いたみたいな雲」という比喩によって、窓越しに見た空の一本の雲がくっきりと立ち上がる。詠み手が窓を通して見た雲の様子が、ありありと浮かんでくる。
そして、その雲に目線を奪われ、止まってしまった手というのが、日常のささやかな瞬間を切り取っている。
大掃除という個人的な行事から、大空へ視点が変化するおおらかな歌である。
最後の結句は勢いが良く、気持ちの良い決断を下したと思えるような歌である。 詠み手にとって「あなた」とはどんな人物なのか俄然気になる。借りたつもりのない、とあるので、身近なボールペン同士が入れ替わってしまったのだろうか。
詠み手と「あなた」との関係性はわからないが、距離感はわかる。そこが面白い。
ひらがなの多用、オレンジやピンクといった視覚的情報からポップな印象を受ける。
しかし詠み手と「きみ」には、ピンクからオレンジまでの隔たりがある。その断絶は、詠み手が「きみ」の気持ちさえもわからなくなってしまうほどの深さだ。
ポップな印象の歌であるだけ、断絶感を強めているのが秀逸だと思う。
ファンタジーの世界である。詠み手は(どんな形かわからないが)思い出が刺さっているというシーグラスを見つけ、ならば思い出が刺さったトビウオもいるだろう、と思いを馳せる。
知らない誰か(あるいは詠み手自身の?)思い出というのは、形をもつと、ガラスやトビウオを貫くほど強烈で危険なものかもしれないと考えさせられた歌。
かいねこはくろさん
評をありがとうございます。
酸化の現象を反転させ、酸化すると輝く銀色を得られたら、という発想が斬新。 なぜ銀よりも価値のない錆が、輝くと詠み手にとっては価値の逆転を発生させるものになるのか。
私は、輝いていてもそれが単なる錆である、という脆さに惹かれた。鉄を覆う銀色という構図が美しい歌である。
絵本や映像の中では大きさを誇張されがちなキリン。
それが一句目の「あ、これか」という口語によって、実物を見た大きさに拍子抜けしたことがありありと伝わってくる。どれくらいの大きさを想像していたのか、詠み手に思わず聞きたくなってしまう歌だ。
大きいと想像していたものが、実物を見ると存外に小さいと感じることはしばしばある。この歌は、それを思い起こさせた。
退屈なスライドショーにはしばしば出会う。そういう時、私は眠気と戦ったり、資料の端に落書きをしてやり過ごす。
しかし詠み手は、背筋を伸ばし、退屈なスライドショーを見続けている。その姿を見せる理由は、スライドショーを作った人への敬意からか。あるいは、「わたし」を見ている他の第三者がいるのだろうか。
あるいは、退屈の元凶であるスライドショーと対峙し、静かに戦っているのかもしれない。
小さなこだわりに救われることがあります
毛布には暖かさという機能性はもちろんだが、寝てくるまった時は、肌触りも良い方が嬉しい。にもかかわらず、この詠み手は暖かさを否定し、心地よい肌触りを求めることを自戒している。
肌触りを優先したくともできない心情とはなんなのだろう。
詠み手はなぜ俯いているのか、理由はわからない。しかし、目は開いているので、道端の花のつぼみに気付くことができる。そこに愛おしさまで感じているのなら、花が咲く頃には、詠み手も顔を上げられるはず。
かいねこはくろ 様
前を向いて歩くことすらできないのに、足元の小さな存在を愛してしまうような、バランスの悪い愛しさを書けていたらとても嬉しいです。
評をありがとうございまス。精進します。
自転車の一部分に宿った小さな命を見つけ、サナギを邪険にせず、羽化するまで「自転車ごと貸そう」と思った詠み手の優しさが感じられた歌でした。蝶は無事に羽化してほしい。
かいねこはくろ さま
丁寧なコメントをありがとうございました。

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